2018年11月21日

「組織開発の探求」(中原淳・中村和彦 著)出版記念セミナーレポート

2018年10月31日(水)、ベルサール神田にてダイヤモンド社主催(経営学習研究所、ODNetwork Japan共催)「組織開発の探求 理論に学び、実践に活かす」(中原淳・中村和彦 著)の出版記念セミナーが開催されました。会場は満席、約300名の方にご参加いただきました。
開会のご挨拶をODNJ理事の水迫洋子さん、経営学習研究所の板谷和代さんにいただいた後、立教大学経営学部教授中原淳氏が登壇。第一部の講演が始まりました。

第一部のテーマは「組織開発とは何か?」。まずは、初学者向けに「組織開発とは何か」を様々な形で丁寧に説明していきます。そもそも「組織開発」の定義は,多くの学者が様々に唱えているため、定まったものがなく、一説によると27通りもあると言われています。中原氏はこの状況を、「組織開発とは様々なものを包みこむ風呂敷ワードである」と表現。

soshiki-010

なんともつかみどころのない「組織開発」を、中原氏は初学者向けに「組織をWORKさせるための意図的な働きかけ」と「ゆるふわ定義」。また、「組織開発」は、「見える化、ガチ対話、未来づくり」という3ステップが基本となっている、と解説。今、多くの組織で「組織開発」のニーズが高まっている背景として「職場に働く人の多様性が増し、組織の求心力が弱まっていることがある」と説明します。

中原氏の講演では、「聞く、聞く、聞く、帰る」ではなく「聞く、考える、対話する、気づく」場になるようにと、必ず、近くの人たちと話し合うセッションが設けられます。今回も参加者たちは、感想を伝えあったり、教え合いをしながら進められていきました。

短い休憩を経て、「組織開発」のルーツ、思想的背景についての解説に入ります。中原氏は、「組織開発」の思想的、哲学的基盤を成すものとして、「人は経験に対するリフレクションを通して知を形成する」ことを唱えたジョン・デューイ、「今ここの経験」に意識を向ける重要性を説いた現象学を唱えたフッサール、無意識の存在を指摘したフロイトという3名の哲学者、思想家たちの考え方があると指摘します。

これらの思想的、哲学的基盤の上に生まれたのが、モレノの「心理劇」、パールズの「ゲシュタルト療法」など、集団の心の動きを利用して、個人の精神的な抑圧や心残りを解放し、治療を行う集団精神療法でした。

そして、集団精神療法の考え方を汲んでいるのが、クルト・レヴィンによってはじめられたTグループであり、その後、レヴィンの弟子たちによって確立されていった「組織開発」です。このように「組織開発」は、「集団精神療法」の手法や考え方がベースとなっているため、危うさも抱えていました。1960年代から1970年代にかけては米国、日本でもTグループから派生した手法を用いた「組織開発」とは似て非なる悪質なトレーニング、自己啓発セミナーなどが横行しました。様々なワークショップの効果の比較研究を行ったスタンフォード大のヤーロムは、「ワークショップの効果は、どの手法を用いたかよりも、ファシリテータの質によって決まる」と結論づけています。中原氏は、量的に拡大する時期ほど、質の低下が起こりやすいため、「組織開発が再び脚光を浴びている今こそ、ファシリテータの質、スキルや経験はもちろん、倫理観をどのように担保するのかを考えるべきところに来ている」と訴え、午前中のセッションを終えました。
第二部は、南山大学人間関係研究センター教授中村和彦氏による講演「組織開発の理論に学び、実践に活かす!」です。中村氏は1940年代のクルト・レヴィンによるTグループの誕生から「組織開発」の発展と変遷、2000年代以降に「社会構成主義」をベースとして発達した対話型組織開発までを解説しました。

Tグループは、1946年、クルト・レヴィンらの研究者が「公正な雇用についての対話」を行う2週間のワークショップを運営していた際、研究者たちが夜に、昼間行われた参加者たちの話しあいについて振り返っていた場に、偶然参加者たちが加わったことがきっかけで始まりました。参加者と研究者が一緒に振り返りを行ったところ、グループ内で起こっていたプロセスについての分析や解釈が活発に行われ、より良い話し合いができるようになったのです。クルト・レヴィンはこの経験をもとに、「今―ここ」に起こっているプロセスに目を受け、グループに起こっていることに気づく力を養うトレーニングを考案、Tグループと名付けました。中村氏は「レヴィンがドイツからアメリカに亡命したユダヤ人であったことが、Tグループの人間尊重の価値観、民主的な価値観に大きく影響している」と指摘します。

その後、Tグループは、ベックハード、マクレガーなどクルト・レヴィンの弟子たちによって、企業など様々な組織で実践されるようになりました。1960年代には、リピッドによるプランド・チェンジ、リッカートによるサーベイ・フィードバックなどの考え方が取り入れられ、「組織開発」として発展していきました。
続いて中村氏は、日本における「組織開発」の展開について解説します。日本でも米国の影響を受け、1970年代にODブームが起こり、大企業を中心に様々な実践がおこなわれました。日本では主に、管理者研修と職場ぐるみ訓練を組み合わせた形のものと、職場での小集団活動として行われたものの2つのパターンで実施されていました。大ブームとなったODでしたが、継続的な活動とならず、1980年代には「組織開発」という言葉はあまり使われなくなり、タスク志向のQC活動だけが残りました。

soshiki-020

中村氏によると、日本で「組織開発」ブームが再燃したのは、2000年代に入ってからのことです。成果主義の導入やリストラなどにより疲弊した人、組織を再生するべくマネジャー向けにコーチング研修を導入する企業が増加。しかし、個人に対するアプローチでは限界もあったことから、再び「組織開発」が注目されるようになってきました。2005年「組織開発ハンドブック」が出版され、2010年にはOD Network Japanが設立されます。その後も「組織開発」に関する本の出版、講座の開催が相次ぎ、企業内でも組織開発の専門部署がつくられるようになってきました。

米国では2006年に「NTL組織開発と変革のハンドブック」が出版され、改めて「組織開発とはなにか」が問われるようになりました。「この本でマーシャクは『組織開発では何をやるかではなく何を大事にするかが重要』なのであり『価値観をベースとした実践である』と言及しています」(中村氏)
また、2015年にはブッシュ、マーシャクによる「対話型組織開発」(日本語訳は2018年出版)が出版されます。この本では「診断型組織開発」は客観主義に基づくマインドセットで行われるのに対して、「対話型組織開発」は社会構成主義に立脚したマインドセットで行われるという違いがあると述べられていますが、中村氏は「診断型組織開発、対話型組織開発、どちらでも必ず対話は行われます。対話のない組織開発はない、ということは覚えておいてください」と話しました。

最後に中村氏は、日本の組織開発の現状について、手法(特にイベント型)に偏りすぎている。手法を用いた「計画の実行」に終始している、組織開発が目的化している、組織開発の実践者の人材教育ができていない、といった課題が見られると指摘し講演を終えました。
第三部では、パナソニック株式会社 大西達也氏による事例紹介が行われました。大西達也氏は、現在、A better Work Style編集局にて、組織開発を担当なさっています。携帯電話の開発部署にいた大西氏は以前から「優秀な人材が揃っているのに、なぜ成果につながらないのか」という問題意識を抱えていました。「思いや考えを伝え合うことに対するおそれがあり、自分の活かし方を自由に探求できない空気がありました。どうにかこれを変えることができないかと考えていたのです」

soshiki-025
その答えを「組織開発」に見出した大西氏は、独自に学び、2012年から一人で「組織開発業務」を始め、2015年に本社人事に異動し、働き方改革に連動する形で「組織開発」を始めました。とはいえ、当時は人事部の中にも「組織開発」を知っている人はほとんどいないという状態だったそうです。

単独で「組織開発」を始めた大西氏は、「組織開発活動大作戦」として、次のような活動を行ってきました。

1.自社における組織開発とは何かを定義
パナソニックの組織開発とは、「人と組織がもともと持っているポテンシャルを引き出すことにより、成果と自己実現を促進する活動(そのためにはなんでもやる)」と定義。そのための、事業場直接支援、自走のための事業上社員支援、全社員を対象とした、組織開発の情報、学びの場、研修、ワークショップ、ウェブ、メルマガなどの啓発活動を始めました。

2.誰に働きかけるかレバレッジをかける
影響力のある人と情熱・ヤル気のある人にターゲットを絞り、そこから働きかけを行う。

3.事業場支援の実績をつくる
2017年は従業員意識調査の値が低かったショウルーム部の組織開発、「働きたい会社NO,1プロジェクト」を行い、それをモデルケースとして発信。

4.「経営成果」と「社員の自己実現」の両方を目指す
「組織開発」のための「組織開発」でなく、自社にあった「組織開発」の形をつくることを心がけた活動を目指す。

最初は大西氏一人で始めた活動が、現在は3.5人の部署となり、少しずつ広がりを見せているということでした。

事例発表を受けて、中村氏は「ビジネス―パートナー型でしっかりと現場の状況に合わせてカスタマイズして行っているところがいい。必ずしも『組織開発』という言葉を使う必要はなく、もし『組織開発』という言葉を使うのであれば、今回の事例のように、自社内での定義をつくることが大切」とコメント。
中原氏は「人事でも『組織開発』を知っている人がほとんどいない、というのは『HR専門家がいない』という日本企業の課題かもしれない。ゲリラ的な活動だが、自社内で広げるためにどうすればいいかを考えて、言葉を定義したり、現場の課題に合わせてカスタマイズしているところがすばらしい」とコメント。
続く、第四部では、中村氏、中原氏、大西氏によるトークセッションが行われました。
執筆を終えた感想を求められ、中村氏は「最初に中原先生が私のところに学びにいらしたときから中原先生は『現場は組織開発と人材開発を分ける必要はないのでは?』とおっしゃっていました。当時はそうは思えなかったのですが、今は、『よい組織開発はよい人材開発と共にある。よい人材開発はよい組織開発と共にある』という考えに賛成です」と述べました。
中原氏は「歴史は繰り返す。現在の『組織開発』ブームもまた70年代と同じように衰退のしていく可能性があります。今、不安視しているのは、自己啓発セミナーのような形に暴走する危険性よりも、今後、多様化する現場のニーズに、どれだけ組織開発が応えられるのかどうか?というところです」と述べました。

 

その後は、参加者から寄せられた質問に答えていく質疑応答コーナーへ。

質問:診断型組織開発、対話型組織開発を混ぜてはいけないのか?
中村:マインドセットの混在はありえないと思われるが、手法的には混ざることはよくあるし、それは問題ない。このプロジェクトではどちらのマインドセットで行くのか?と最初に考えることが重要。

質問:組織開発する主体は人事でしょうか現場?それとも経営者?
中村:組織を改革する上では、4つのエージェントの役割が違うだけで、全員でやるものというのが答えですが、現実的には人事、人材開発部門ということになるかと思う。
大西:人事、人材開発部門ですが、特にトップが旗を振らないとできないのではないか。
中原:組織開発部署は必要ですが、上手くいきだすとむしろ人手が足りなくなる。最終的には現場、特に現場マネジャーに「組織開発」という武器を渡していく必要があるのでは。
中村:70年代の「組織開発」では、マネジャーに3泊4日の組織開発研修を行うなど、かなりマネジャー研修をしていた。

質問:組織開発を実践する際に気をつけていることは?
大西:つい口を挟みたくなってしまうが、当事者たちが自分でやることに意味がある。「組織が良くなるなら、それでいい」という仏のような気持ちで、存在感を消すことが大切。ただ、広めていくためには活動自体を伝えていくことも重要かと思う。
中村:新しい手法ばかりをやりたがる「手法おじさん」にならないよう、現場の困りごとからスタートするようにすることが重要だ。

質問:組織開発でもうまくいかない時は?
中村:ODは人間尊重の価値観を重視するものだが、どうしても変わらない人というのはいる。最終的にはリストラ、配置転換など「血なまぐさい」手法を取らざる得ないときは仕方ない。

質問:組織開発の未来として気になることは?
大西:マネジャーたちから「組織開発いいね」と言われるので、マネジャーたちに広めていきたいと思っている。
中村:社内で組織開発実践者が増えてほしい。「働き方改革」で対話の時間が減っている今、どうしたら対話の機会を作れるか?ということが気になる。
中原:2008年に「ダイアローグ対話する組織」を書いたが、組織内の対話の重要性を改めて感じる。実践者の育成をやっていきたい。

質問:最後に一言。
中村:2006年NTLで学んで帰国した時は、「組織開発」のことを知っている人がほとんどいなかった。今、これだけ多くの方に知っていただき、活動が広がって嬉しい。
大西:やりたいことはどんどんやっていこうと思う。外部から注目されることが追い風になるので、ぜひ弊社社員に会ったら、「このセミナーで組織開発の話を聞いたよ」と声をかけてほしい。
中原:動いてみたらわかることがある。教室を出たら「事をなす」ことが大事。ぜひ小さなところから行動に移してほしい。